思うこと

あなたの人生でムダだったことってありますか?

昨日、私が住む地域で年に一度の粗大ゴミ回収があって、道路わきにたくさん置かれていたゴミを見ていたら、「自分の人生でムダだったことってなんだろう?」って想いが頭をよぎった。

粗大ゴミからの連想だけど、この場合のムダかどうかの対象はモノじゃなくて、経験や経歴になる事象。学歴や職歴、ボランティア活動、海外移住とか。適切な言葉が浮かばないけど伝わるかな。。。

例えば私が普段接するインターネットの世界では、大学、ワーホリ、留学あたりがムダなこととして挙げられている。でもホントにそれらはムダと言えるのか?

この記事では、短めに「人生においてムダなことはあるか」を考えてみます。

いつムダだと判断するのか?

私は、先の高等教育や海外での経験だけじゃなくて、あらゆる経験がムダとは言えないと思ってます。より正確に言えば、ムダとは言い切れない、つまりムダかもしれないし、ムダじゃないかもしれないと考えてます。

なぜなら、ある経験が人生において有意義であるかどうか(あったかどうか)なんて、極論で言えば死ぬ間際にならないと判断つかないから。

そもそもムダかどうかなんどうやって判断するんだろう?平均年齢からすれば80才くらいまで生きるとして、30-40才くらいの一生の半分くらいを過ぎた人が「アレはムダ、これもムダ」って言うのって説得力ないと思わないか?

年齢を重ねると、数年前や十数年前に経験したことが、思いがけず役に立つことってあるし。

例えば大学。私は経済学部卒だけど、これまでの仕事で大学で専攻した経済学が役になったことは記憶にない。でもニュージーランドの永住権を申請するにあたっては、学士(大卒)持ちであるかどうかは重要な要素だった。明確な目的意識はなく通っていた大学だったけど、20年以上たってから思いがけず大卒の学歴は大いに役立った。

だからやりたいことをやればいい

元来、人生はムダとそうじゃないことが混じりあって成り立っているんだから、ムダも必要なんだよ。

だってそうでしょ。一切のムダを省いた人生を送ってきた人なんているわけない。一生のどこかであることをムダだと判断して、その後の人生からそのムダを取り除くためにだって、そのムダは必要だったわけだし。そういう意味ではそのムダを経験したことには意義があるとも言えるね。

考え慣れないことを考えているので混乱してきてるんだけど。。。

だから、留学やワーホリ、海外移住だってしたけりゃすればいい。1年なんて長い人生から考えればほんの少しの期間。でもその短い1年が、後の生活に大きな影響を与えるかもしれない。逆に何の変化もないかもしれないけど(それはそれで驚きだけど)。

ただそれが、人生において意味のある経験なのかムダなのかは、人生に幕が下りるときまでは分からない。

さいごに

私にとってのムダなことって何だろうな?

もしかしたら今のニュージーランドでの暮らしを、人生の終焉を迎えるときにムダだったと振り返ることがあるのかな。

そんな先のことは分からないや。

 

ABOUT ME
やすたた
やすたた
40歳過ぎてから子ども3人連れてニュージーランドに移住。約5年かけて永住権取得。 長い間ぼんやりと頭の片隅にあった想いを実現したくてオンラインの世界へ。
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